2008年04月16日

騒乱武士@新宿ピットインの話

13日はピットインでの、のなか悟空率いる騒乱武士!
同じステージに、
当日の昼の部には「今村祐司 GROUP」
翌日は「渡辺貞夫クインテット」

気合に手に汗握る。
悟空さんの凄まじいエネルギー!!!
スタートからはちきれんばかりの全力全開!!
これぞ日本のフリージャズ!!という、悟空さんの世界だ。

かの「副島 輝人」氏もご来場。
どれだけ偉大で著名な方なのか、ポッと出の自分には分らないほどの方。
副島 輝人
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url?%5Fencoding=UTF8&search-type=ss&index=books-jp&field-author=%E5%89%AF%E5%B3%B6%20%E8%BC%9D%E4%BA%BA

http://www.japanimprov.com/soejima/soejimaj/index.html

以下、副島氏によるライブ評抜粋
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「俺の血がじゃわめいた。『騒乱武士es』のライヴ。
これは野武士のサウンドであった。音だけではなく、12人のミュージシャンたちは、いずれも一癖ある不適な面構えで立ち並び、その頭目が野中悟空だ。何時か某大新聞の記者が『渋さ知らズ』のライヴを聴きに来て、演奏が始まる前にメンバーたちを見回し「こんな連中に取り囲まれたら、怖いでしょうね」と云った時、不破大輔はニヤリと笑って「ウチは顔でメンバーを入れますから」と答えたものだが、『騷乱武士es』の面々もそれに勝るとも劣らない。

 まずは全員で2〜3分、訳の分からぬ大音声で鬨の声をあげて、それから野武士集団の演奏が走り出す。手にする武器は、野中のDs、西村直樹は EB、野中の一番弟子クラッシーがPercの 3リズムを筆頭に、SS、AS、TS×3、 TB×2、Tuと管の白刃がスポットライトにきらめく。
 曲は総て野中のオリジナルで、民謡や演歌の匂いさえ漂う、いわばドロ臭いものばかり。だが、日本人のジャズだ。アメリカ黒人がブルースをベースにした曲を演奏するのだから、日本人が日本的感性で創られた曲をやるのは当然のこと、いや、それでこそ『日本のジャズ』だ。元々ジャズは、育った土地の泥の匂いがいいのだ。
 以前、野中に「日本人のジャズとは?」と聞いたら、「俺の躯は、沢庵とみそ汁で出来た躯ですよ。その躯でドラムを叩いているんです」と云っていた。

 簡単なテーマが終わると、たちまちフリースタイルに突入し、全員が全身から身魂を叩きつけるように演奏している。沸騰するエネルギーがライヴ空間に充満する。やがて誰か一人がセンター・マイクに進み出て来てソロを取り始める。時にはそこにもう一人、二人が加わって、激烈なフリー・デュオ、トリオともなる。
 特に、鈴木放屁のTSとチューバ(大久保)の暴れ方は凄まじいし、ノイズ中村のASは阿部薫を想い出させてくれる。しかし、エゴむき出しの長いソロを続ける者はいない。皆んな出る処、引く処をわきまえているのだ。もちろん、ソロの順は決められているのではないし、リーダーが指名している訳でもない。メンバーの一人一人がサウンドの流れを読み取って、自分で出番を決めていくというスタイル。

 多人数の即興演奏ということで云えば、少し旧い例だが『グローブ・ユニティ・オーケストラ』の方式に似ている。だが、ここではグローバルではなく、日本ナショナル・ユニティ。日本人のメンタリティがサウンドの奥に透けて見える。個(日本)の確立がなければ、全体 (世界)に繋がらない。それはまた、バンドのトータル・サウンドと、ミユージシャン個人の問題でもある。全体と個の相互フィードバック。だから、まず日本的サウンドとは何かを考えることから出発しなければならないだろう。

 演奏が進んでいく中に、時折、誰かが新聞紙四つ折りくらいの紙を掲げて全員に示し、それを振り下ろすとサウンドが変わる。おやっ、『コブラ』のような? と思ったが違った。そこには2小節ほどの音符が書かれていて、一瞬でユニゾン・リフに変わるのだった。それがまたフリースタイルへと転化していく。『コブラ』などクソ食らえ!! これほど高熱のエネルギーを放射している演奏集団は、今日世界でも少ない。『騷乱武士es』のユニゾンは、一般的なオーケストラに聴かれる整然と揃った横一列横隊ではなく、もっとザラついた感じだが、それがこのバンドではむしろ魅力となっている。奇麗に植え付けられた温室の花壇の花ではなく、荒野に咲き乱れる野草の不敵な逞しさなのだ。荒野の地盤をがっしりと引き受けているのは、切れのいいダイナミックなリズム・セクションで、荒くれ管楽器たちを支え、リードしている。

 この骨太なサウンドは、間違いなく新宿の音楽だ。青山、六本木、銀座、いや渋谷に行っても出会うことはないだろう。新宿騷乱節とは、かなり熱く危険である。だが、前衛とは本来危険なもの。高柳昌行も、阿部薫も、富樫雅彦も、高木元輝も、吉沢元治も、皆んな危険な音楽を演奏して死んでいった。

『騷乱武士es』の熱狂ライヴのエンディングは、祭の高揚で終わる。そして最後に、戦を勝ち取った鬨の声が再び響き渡るのだ。

 野中悟空という男を思う時、彼はいつも片足をジャズの原点に掛けている姿が目に浮かぶ。ジャズの領域での即興音楽の方式は、デキシーからコルトレーンやグローブ・ユニティのコレクティヴ・インプロヴィゼーションに流れ、そして今、日本発の『騒乱武士es』がある。
 このバンドのライヴには、やがて多くの立ち見客が詰めかけるようになるだろう。今日、熱い創造で観客を熱狂させるバンドは本当に少ないのだ から。

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抜粋以上。

是非このバンドを、いや、「のなか悟空」というドラマーをもっと一人でも多くの人に観て欲しいです。今後の決定スケジュールです。

5月19日
新宿ウルガ 

5月26日
なってるハウス

6月2日
小岩らんぷ

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その夜の写真UPしました。
http://photos.yahoo.co.jp/ph/nobusaxmp3/lst?.dir=/6905
posted by nobulog at 15:44| Comment(0) | 吹きの記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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