2008年09月26日

覚悟

死ぬ気でやれば何でも出来る。
そんな言葉は昔から事あるごとに聞いてきた。

何かにくじけたり、臆病になった時に、「死ぬわけじゃないし」と自分を励ました事もある。

「死ぬ気でやれば・・・」なんてよく聞く言葉は、とっても何気なく使われていて、ただのエールで、ただの「がんばれよ!」みたいな使われ方だ。

「死ぬ気でやる」ってどんな覚悟か。
とてつもない覚悟だと思う。生きるか死ぬかだ。

どんな事があっても死ぬよりはましだと思ってきた。
「死」という覚悟を持つ世界は他人事の話だった。

別に自分が今「死」を考えているって話しじゃない。
ご心配なく。

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昨日、何故それを観出したのか全く憶えていないが、Youtubeで神風特攻隊に関する動画を立て続けに観ていた。
死ぬことがわかっていて飛び立つ若き命を前に、生きているこの時間の尊さを思っていた。

携帯電話のベルが鳴る。

突然の訃報。
空虚感に包まれる。

昨年から毎月ずっと演奏を共にしてきた。
自分にとって雲の上のミュージシャンで、一緒に演奏できる日が来るとは予想もしていなかった人だった。
終演後には楽器や音楽に対する話を交わした。
毎月のその時間がとっても貴重な時間だった。

よく世間の人は勘違いしているが、楽器を演奏していれば皆兄弟でも友達でも無い。

一生のうちで分かり合い、音を共に奏で、喜びを分かち合える相手はそう多くない。

尊い出会いで、お互いの生きる証を音にする。

もっと話したかったし、音を奏でたかった。

病で精神状態が不安定な事があるとはうっすら聞いていたけれど、そこまでとは思っていなかったし会う時はいつもそんな表情一つ見たことがなかったので、
9月の頭にバンドメンバーから「なんか今また結構ヤバイみたい。」と聞いた時もネガティブになっている。程度の認識だった。

それでも心配は心配だったので彼のブログは毎日チェックしていた。
その後のライブレポートをみては、ああ、大丈夫なんだな。と思っていた。

でも大丈夫じゃなかった。

死ぬことよりも辛い世界を生きていただなんて気付けなかった。

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その後ライブに向かう車の中でイタリアンイスタビレのCDを聴いてぼーっと運転しているときに、ハッと覚醒するような感覚に包まれた。

全ての謎が解けて繋がるような。

訳も判らず、「そうだったのか。」「これなのか。」と思った。

でも何がわかったのか、何を気付いたのかはわからなかった。
でも確かにそれは感じられた。

それが何の意味を持つのかもわからないけれどきっと必要な気付きを与えてくれるものだった。

それはきっとこれから先五年、十年かかって少しづつ、
種が目を出し、葉をつけ、花開くように自分の中で意味を持つものとなるのだと思う。

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本当にありがとうございました。

と。天へ向けて・・・

posted by nobulog at 21:31| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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